和太鼓奏者・御木裕樹 コラム

-其の参- 奏法や楽器の名称


バックサイドからの、御木裕樹 和太鼓セット。楽器類は全て(株)宮本卯之助商店 製・特注品。
(撮影場所:東京都港区六本木 「STB139 スイートベイジル」 御木裕樹ライブ より)


和太鼓は日本の伝統楽器だが和太鼓演奏をメインとした舞台芸術は、ここ20〜30年の事である。
敗戦後、アメリカやヨーロッパなど他国の文化・音楽などが日本に入って来た事による影響が強いだろう。
日本の太鼓の歴史は古く、様々な使われ方をして発展・進化を遂げてきたが、太鼓メイン演奏の太鼓の歴史は浅いという事だ。
従って、奏法の名称や楽器の呼び方なども、その土地やチームによって様々だ。
例えば、 普段の活動において3尺前後やそれ以上の長胴太鼓を「大太鼓」(オオダイコ)と呼んでいるが、ジャンルや土地によっては大太鼓と呼ばれている太鼓は、スポーツバッグに収まってしまうほどの小さな太鼓の事だったり 、ある土地で締太鼓と言えば桶胴太鼓の事だったりする。
長胴太鼓一つとっても、宮太鼓、盆太鼓、大太鼓、中太鼓、小太鼓、大胴太鼓、やぐら太鼓、ビョウ打ち太鼓などなど、様々な呼ばれ方をしている。

自分の場合、同じ種類の太鼓でも大きさが異なる楽器を複数使用しているので、一言で「長胴」とか「桶胴 」と呼んでもそれがどの「長胴」の事なのか、どの「桶胴」を示しているのかが分からない。
これは普段の活動において出演者のみならず、PA(音響)・照明・舞台・ローディー・トランポ(トランスポート)などのスタッフ陣営も困る問題であり、個々の楽器全てに名称や呼び方が無いと非常に不便なのである。
「あれ」、「これ」、「それ」ではいけないし、「その2個目の太鼓」とか、「あの黒っぽい太鼓」ではミスも起こるし、何よりも楽器に失礼だ。


自分が17歳くらいの頃であるが、古くからのお付き合いである和太鼓奏者の林田博幸氏と「かつぎ桶太鼓&チャッパ演奏」のリハや本番を当時からよくやっていた。
現在は“かつぎ桶太鼓”(通称:かつぎ)という呼び名で定着してきたこの桶太鼓だが、当時は単に「桶太鼓」とか「桶」 と呼ぶ事が多く、あまり「かつぎ」(担ぎ)と定着して呼ぶ事は無かった。
ほとんどの太鼓は“牛の皮”を使用しているが、 この「かつぎ桶太鼓」だけは唯一“馬の皮”を使用している事から、「馬皮」とか、「馬皮桶」とか呼んでいた事もあった。
単に 「桶太鼓」や「桶」だけじゃ太鼓セットの桶(桶胴)もあるし分かりにくいから、なんとなく「かつぎ」とか「かつぎ桶」と呼んでいたら、いつの間にか「かつぎ桶太鼓」と定着して使うようになっ ていった。
他に、「青森の桶」、「登山囃子の桶」、「下山囃子の桶」、「ねぶたの桶」、「かかえ」、「かかえ桶」、「さげ桶」、「吊るし桶」など、様々な呼び方があるだろうが、なんとなく「かつぎ」という名称を使うようになり、現在も 「かつぎ」、「かつぎ桶」、「かつぎ桶太鼓」という名称を使っているし、ワークショップやコンサートなどを通じて「かつぎ」の名称が広がっている。
まあ、そのまんまの表現だし分かりやすい。

太鼓の正面に立ち、上から叩くと言うポピュラーな奏法も呼び名が無く不便だった為、自分の弟子に太鼓を指導する太鼓教室を開いた時に、自分の中では正式に「平置き・正面打ち」(ヒラオキ・ショウメンウチ)と命名し、通常では平置き (ヒラオキ)と呼ぶようにした。
「ヒラオキ」なんておかしいかな?と最初は思ったが、日頃からそう呼んでいると不思議な事に馴染んでしまうから面白い。
この奏法の太鼓を乗せる台の事(正式な商品名は“X字型台”)は、平置き台と呼んでいる。
奏法の名前が決定すれば、台の名前も自然と決まるし、「このバチは平置きで使ってるんだよね?」とか、「平置きの時みたいに・・・」とか、何か説明する時も一言でその奏法を特定できるようになる。
便利だし、円滑だし、合理的だ。
全国統一の名称が無い事はもちろん、自分が演奏している奏法の呼び方すら無い(決まっていない)というのは非常に不便であるし、現場が円滑にいかないので、名称(愛称)は無いより有ったほうが良いに決まっている。
正解も不正解も、何が先に呼ばれていたとかも関係無い。
自分で呼びたい呼び方で呼べばいいし、要は“何の事か分かればいい”のだ。
自分の呼びやすい名称で、親しみを持って呼んであげれば太鼓も台も喜ぶ。



宮太鼓(長胴太鼓)も様々な大きさの物を使用しているから、呼び方も単に「長胴」や「宮」だけでは困る。
1尺5寸長胴の事は「シャクゴ」と呼んだり、太鼓セットで使用している小さい宮は「ちび宮」と呼んだり、これと1寸違う宮は 同じ「ちび宮」と呼んだのではどっちの事か分からないから「ちび丸」であったりと、それぞれ名称をつけている。
こうする事により、より愛着もわくと思うし、活動も楽しくなるだろう。

自分の楽器をいくつか紹介しておくと、桶胴太鼓(桶締太鼓)の事は、「2尺」(ニシャク)、「尺8」(シャクハチ・1尺8寸)と呼んでいる。
普段のコンサート活動では、2尺、1.8尺の太鼓はこの太鼓しか使用していない為、こう呼んでも他の長胴太鼓などと混合する事は無い。 他、「2尺桶」とか、単に「桶」と呼ぶ場合もある。


「5丁」(ゴチョウ)とは、5丁掛・ロープ締め・締太鼓(附締太鼓)の事。3丁掛なら「3丁」。単に「締」(シメ)と呼ぶ時もある。
5丁も複数個使用しているので、太鼓ケースが黒い5丁掛なら「黒5丁」。この締太鼓をセットする立ち台は「締台」(シメダイ)だ。
また、この他にも座奏用の「鉄台」(テツダイ)もある。

ちなみに楽器の事を少し書いておくが、締太鼓は全て「ロープ締め」の締太鼓を使用しており、「締上げ」と呼ばれる特殊な“チューニング”作業が必要となり、専用の道具が必要である。
桶胴太鼓などは1人で手で締上げる事が可能であるが、5丁掛の締太鼓を1台締上げる(チューニングする)為には、熟練した大人2人でも30分以上の時間を要する。
締太鼓や桶胴太鼓など、太鼓に使用しているロープの事を正式には「調べ緒」(シラベオ)と言う。単に「調べ」と言う事もある。
歌舞伎や能楽で使用される、「鼓」(つづみ・小鼓)などは、片手で打面を打ち鳴らし、片手でこのロープ(調べ緒)を持ちながら、ロープ(調べ緒)の張り具合を変え、常に音程を調節しながら演奏する楽器である。

締太鼓のロープ(調べ緒)を強く張れば張るほど楽器の音程が高くなり、よりカン高い音が出るようになる。
締太鼓本来の音が出るように、その楽器の特性を最大限に生かす事が大事だ。
この「締上げ」作業に使用する道具(締上げ棒)の事は、「上げバチ」と呼んでいる。
材木の状態から、周りの堅い木の皮を自分でカンナと小刀で使いやすく削り、使うために必要な形状にしてヤスリをかけて微調整を繰り返す。
この「上げバチ」の、材質、長さ、太さ、形状が適切でないと、どんなに熟練した者であっても「締上げ」る事は不可能である。
技術は素晴らしい道具があってこそ、道具は素晴らしい技術があってこそ、初めてその力を発揮できる事を思い知らされる。
「ロープ締め・5丁掛・締太鼓」は、メンテナンス・チューニング・締上げ道具の調達と作成・締上げる技術・実際の締上げ作業などを必要とされ、日頃から非常に“手間がかかる”楽器だが、肝心な音・音色・音の抜け・甘い音・打感・コントロール性・見栄えなど、ロープ締め特有の“良さ”には変えられない。
近年は「ボルト締め」が普及してきているが、金属のボルトに音が吸われミュートされる、音が詰まる、音が抜けない、金属音がする、楽器も倍くらい重くなる、見栄えも良くない。
ただ、締上げる道具はレンチ(スパナ)1本でいいし、1人でチューニングできるという点がロープ締めより遥かに手間いらずではあるが、ロープ締めほど高音にはならない。
このレンチ(スパナ)の長さが、せいぜい20〜25cmほどなのに対して、ロープ締めの場合は、1メートルほどある丸太のような「締上げバチ」を、テコの原理を利用して全体重を1点に乗せて締上げ、さらにその後の工程ではロープ(調べ緒)を1人が引っ張り締上げ、もう1人がその支点を叩き、締上げていく為、かなりギンギンにカンカンに高音にする事が可能である。
自分の「和太鼓セット」では、締太鼓を2台使用しているが、1台を高音に設定し、もう1台はそれよりも低音にチューニングしてある。
太鼓を1台だけしか使用しないで、全くのソロ演奏をするのであれば、さほど音程にはこだわる事はないだろうが、そこに共演者がいたり、まして自分が数台の太鼓を並べて演奏するとなると、各楽器の音程差も重要になる。
締太鼓2台の音程差(音階)はもちろん、和太鼓セット全体の音程差(音階)も、もちろん重要であり、ただガンガンと全ての太鼓を締めれば良いというものでは無い。
演奏家にはチューニング(音程調整)の技術・経験・知識が必要となり、これはまた演奏技術と同様に必要不可欠な事である。



「盆」(ボン)とは、主に1.4尺〜1.6尺の長胴太鼓(宮太鼓)を盆台(ナナメ台)にセットする状態を言う。
このスタイルは盆踊り会場の櫓の上で曲に合わせて叩く、「盆太鼓」(盆踊りの太鼓)で使用する事から「盆」と呼んでいる。
この盆太鼓の、太鼓に対して横に立ってスタンスを取る奏法は、「横打ち」と呼んでいる。
盆太鼓の台は「斜め台」(ナナメダイ)もしくは「盆台」(ボンダイ)と呼んでいる。
使用している太鼓は長胴太鼓だから、太鼓自体の事は「宮」(ミヤ)と呼んだり、尺4(1尺4寸)(シャクヨン)とか大きさで呼んだりする。
同じ長胴でも、使用する台とセットの仕方次第で「盆」になったり、「平置き」になったりするという事だ。

「団扇」(ウチワ)は団扇太鼓の事で、団扇太鼓セット群(団扇9枚セット雛壇)を指す場合もある。

尚、これら複数の太鼓を組み合わせたオリジナル和太鼓セット群の事を、「和太鼓セット」、「太鼓セット」、または単に「セット」と呼んでいる。
また、 太鼓が2台であれば「2点セット」、6台で「6点セット」、全てセットされれば「フルセット」と呼んでいる。


また、このフルセットでも使用している桶や締などの台の事は“立ち台”または“セット台”などと呼んでいる。
この“立ち台”は、“お客様側の部品”と手前の“奏者側の部品”とがドッキングして成り立っているが、 台をバラす(撤収する)と、この二つの部品の名称が無くなってしまって不便だった。
この“立ち台”のお客様側の部品は、天地逆さまにすると神社の鳥居に似ているから、ある日「鳥居」(トリイ)と自分で命名した。
部品がドッキングされた台全体の事は、「2尺台」とか「桶台」とか呼べばいいのだが、このバラした状態の2つの部品の名称がなかなか決まらなかった。
このバラした状態の“お客様側の部品”は、通常使用する状態(向き・方向)では鳥居には見えない。
この台の部品を天地逆さまにした時に、「鳥居と言われれば何とか鳥居に見える」という程度であるし、 実際には本物の鳥居のように、台形型にはなっておらず左右の角度は並行なのだが、自分達で分かればいいのだ。
それに名称が神社の“鳥居”である事も、なかなか縁起がいい。
早速ある日から自分が「鳥居」「鳥居」と呼び始めたら、ローディーや他のスタッフに「トリイ?」「鳥居って何ですか?」と、いきなり質問された。
そりゃそうだ。自分で勝手に命名して突然「鳥居」とか呼び始めたのだから、周りの人は何の事か分からない。
でも説明するとすぐに定着して、現在はスタッフもみんなこの呼び方で呼んでいる。

そしてもう片方の部品である、この立ち台の“奏者側の部品”は、「鳥居の受け」(トリイノウケ)と呼んでいる。他に「受け台」とか、単に「受け」と呼ぶ事が多い。
この台の場合も、「鳥居」という名称が決まったから、「鳥居の受け」という名前が決まったし、他にも「5丁鳥居」、「宮鳥居」、「尺8鳥居」、「鳥居ケース」などの名称も使用するようになった。
とにかく、道具(楽器)の名称が決まっていると現場が円滑に動くし、初歩的なミスも防ぐ事ができる。
それに何よりも楽しくなる。


せっかくなので、他にもいくつか面白い名称(愛称)を紹介すると、「盆太」(ボンタ)、「ジュラ」、「オレンジ」、「おもちゃ」、「緑」、「青」、「黒」、「グレー」、「櫓」、「22」(ニーニー)などなど、一般の人が聞いたら何の事か分からない「隠語」のようだが、ローディーやスタッフなどの関係者は、この名称で何の事か一発で分かるのである。
現場では、簡単に一言で発音できる名前が適しているだろう。
「2尺の桶胴太鼓用の立ち台のお客様側の部品」なんて言ってたら、日が暮れてしまう。
この場合、「2尺鳥居」で一発だ。
それから大変にお気に入りの、セトモノで出来ている「鳥の水笛」があるのだが・・・・・、これは「ピヨ太」(ピヨタ)だ。(笑)

楽器を粗末に扱うと、楽器も機嫌が悪くなり、決して良い音で鳴ってはくれない。
「それ」とか、「あれ」とか、「これ」ではなくて、今日から自分の大切な太鼓や台、道具に“全て”名前をつけて、その名称(愛称)で呼んであげてほしい。
自分自身が丁寧に、真剣に楽器と向かい合う事が自然と出来れば、楽器もきっと心を開いてくれるだろう。


御木裕樹(和太鼓奏者)


ページのトップへ戻る

和太鼓奏者・御木裕樹 コラム メニュー

  -其の壱- 和太鼓とは・・・
  -其の弐- 楽器の取り扱い
  
-其の参- 奏法や楽器の名称
  -其の四- 和太鼓との出会い
  -其の伍- 礼儀・挨拶・声かけ
  -其の六- 太鼓は音楽・芸術・唄
  -其の七- プロになりたい人へ・・・
  -其の八- 職業・仕事としての和太鼓奏者
  -其の九- 伝統を継承し伝統を創造する

  -其の拾- 御木裕樹 和太鼓フルセット

御木裕樹オフィシャルブログはこちら

和太鼓奏者・御木裕樹  オフィシャルブログ

御木裕樹 「ライブDVD」 サンプル動画


サンプル映像はこちら!(wmv動画)


リンク用 バナー
和太鼓奏者・御木 裕樹(みき ひろき) Official WebSite  リンク用 バナー
和太鼓奏者・御木 裕樹(みき ひろき) Official WebSite
http://www.hirokimiki.com